LOVERSION Music レビュー

麗しきピアノの世界 スプリング・コンサート2012

音楽ジャーナリスト 池田卓夫編

photo_01
※写真=池田卓夫

大人のイブニングコンサート(10 /18, 2014)
(池田卓夫=音楽ジャーナリスト)



土曜日夕方の渋谷・松濤、タカギクラヴィアのサロンで開かれた面白いコンサートだった。コンポーザー&ピアニストでLOVERSIN TOKYO代表取締役の和田七奈江は前半の最後に自作を2曲(Go TogetherとLove Ballade)弾くだけだったが、相変わらずの存在感と集中力。後はすべて濱崎洋子がソロ、歌とのデュオともピアノを受け持った。リストの「メフィスト・ワルツ第1番」では難技巧曲を前に構え過ぎたのか、フレーズとフレーズがつながらないので歌のアーチが消えてしまった。暗譜が飛び、同じフレーズを繰り返したところもあった。後半冒頭のドビュッシー、「ベルガマスク組曲」からの「月の光」にそうした瑕はなく、安心して聴けた。ソプラノの阿部朋子とは前半にヴァヴィロフの「カッチーニのアヴェ・マリア」、プッチーニのアリア3曲、後半に日本歌曲と濱崎編曲の「アナと雪の女王」メドレー。すでにシリーズ常連となった阿部はサロンコンサートのツボを良く心得ていて、小さな空間のお客様一人一人に心をこめ、優しく歌いかける。木下牧子作曲の「さびしいカシの木」で落涙した女性客がいらした。もう1人の歌のゲストは初登場となるミュージカルスターで唯一の男性、四宮貴久(しのみや。あつひさ)。国立音大の声楽科を卒業して渡米、ミュージカルの俳優&ダンサーとして日米で活躍しているという。「王様と私」「レ・ミゼラブル」の定番をしっかり披露した後、「きみはいい人チャーリーブラウン」の「サパータイム」でスヌーピーに扮し、歌って踊っての大熱演。もちろん、お客様はいつもと違う刺激に大満足されていた。最後は阿部、四宮の2人と濱崎で「アメイジング・グレース」。素敵な余韻を残して、幕を閉じた。

音楽ジャーナリスト 池田卓夫編



渋谷の松濤にあるタカギ・クラヴィーアのサロンでコンポーザー&ピアニスト、和田七奈江が主宰するラヴァージョン東京の第6回入賞者ガラ・コンサートで恒例の司会を務めた。随時開催しているオーディションの審査員と、その合格者によるガラの解説者を引き受け、何年になるだろうか? 未知の才能と出会い、ともに何かを考えたり、つくったりできるきっかけを得られる点で、オーディションは審査員にとっても貴重な情報源である。今回は前半がピアノの平間小百合、後半がピアノの追川礼章を伴ったソプラノの望月彩恵。平間さんはエンジンがかかりきるまでに時間のかかるタイプながら、いざスイッチが入って以降のパッションの爆発には、人の耳を惹きつける何かがある。ショパン2曲のうち本来の持ち味は作品9ー2の夜想曲(ノクターン)と思われるが、「バラード第3番」後半の激しいドラマも聴きものだった。望月は知性派の名メゾソプラノ歌手、青木美稚子の生徒だからか、ソプラノにしては中低音が充実し、ミュージカルとフランス歌曲、オペラアリアそれぞれのスタイルや言語、声量の使い分けもきちんと出来ている。カーライル・フロイドのオペラ「スザンナ」のアリアが実演、しかもサロンコンサートで聴けるとは思ってもみなかった。これも青木先生の勧めで、卒業試験のテーマに選んだ曲という。切々とした思いが優れた英語の発音に乗り、しかと伝わった。トヴォルザークの「ルサルカ」のアリア「月に寄せる歌」の間奏はピアニストにとって難所だが、楽理の学部3年という追川は細かな音の一つ一つをごまかさずに弾き、好感が持てた。

コンポーザーピアニスト 和田七奈江 編

photo_01

スプリング・コンサート2012に出演した
3人の演奏者と1人の司会者


written by 和田七奈江


 私は、常々、良い共演者に恵まれると心から思っています。何ていうか、前向きでやる気のある、そんなパワーが諸に伝わってくるような人達…。こんな事を言うと頼りないのですが、主催者側として不安なことは数知れないのです。しかし、それでも、どういうわけか今まで、すべての演奏会が成功しているのは、私の周りの力が明るいからなのです。この度、思い切って声をかけた2人の演奏者と1人のジャーナリストが、私と一緒に出演することに賛同してくれました。それにしても、チラシでいつも私の写真が大きく出てしまう(笑)。デザイナーに指示してるわけではないのに、いつも、こうなってしまいます。しかし、私がこれをそのままにするのは、それなりの考えがあるからで…。まあ、ご容認ください。

 さて、今回、一緒に出演した濱崎洋子さんと樋口俊明くん。当たり前ですが、2人は全然違う音楽素養を持っています。まず、濱崎洋子さんは、都内の大企業で勤務しているという顔をお持ちです。「それにしては、色々な曲をよく弾くなあ」というのが私の素直な感想。しかし、それもそのはず、プロフィールを見ると、高校は国立音楽大学附属高校、大学も国立音楽大学です。こう言うと短絡的過ぎるかもしれませんが、小さい頃に自転車に乗る技術を身につけたら、生涯忘れないのと同じように、小さい頃からピアノの基礎と応用を身に付ければ、大人になってからも、それを忘れないものなのです。10代までの教育がいかに人生にものを言うかと、改めて感じさせられました。濱崎洋子さんは、大企業の一員として社会と肩を並べる術があり、それなりの演奏会に出演できる専門技術もある。音楽家という以前に、人として優良な方だと思います。そして、これは私の想像に過ぎませんが、いくら好きなピアノでも、会社で責任のある仕事をこなしていれば、ピアノの継続が難しく感じられることもあると思います。しかし、それでも続ける…。そんな濱崎洋子さんの音楽に対する真剣な心意気に、私は惚れました。

 そして、もう1人は、樋口俊明くん。彼は、今、20代前半。とにかく舞台で演奏したいという気持ちが強いようです。プロフィールを見てもわかるとおり、ゲーム関係の専門学校を卒業したのに、ピアノに夢中になっている...。「こんなこともあるのだなあ」というのが、私の本音。彼の弾き方について言うと、おそらく曲によっては、もう少し深みのある音が欲しいかもしれません。しかし、実を言うと、樋口俊明くんが弾く私の作曲「11月の木漏れ日」は、とてもいいのです。何がいいのかというと、何事もなくサラッと弾いてるところがいいと思います。その弾き方が、私の大した事のない曲を、逆に引き立てているのです。世の中には、演奏力を目立たせないことによって、曲自体の良さを見せるという合理的な弾き方があるのです。演奏技術も大事ですが、選曲はそれ以上に大事なのでは...と思います。もちろん、全てをマルチに弾きこなすピアニストもいますが、やはり、誰にでも曲との相性というのがあるものです。その辺を吟味しながら、今後、樋口くんには、出来るだけ舞台に出てお客さんの反応を肌で感じながら、現実的に学んで欲しいと思います。現場に出ることが一番の勉強だからです。彼には、それをやるパワーがあるような気がします。

 そして、忘れてはならないのが、いつも演奏会に華を添えてくれる、司会・進行係の池田卓夫さん。(音楽)ジャーナリストです。ハッキリ言って、池田さんがマーケティング的に何か役に立っているのか?と言われれば、それは、よくわかりませんし、彼が出ることで、案外、私が伸び悩んでしまう事もあるのでは?と、冷静に考えたことは何度もあります。しかし、演奏会といえば、なにかと呼ばざるを得ないと言えるような、人間としての魅力と音楽全般に関する専門的な知識や理解をお持ちなのです。しかも、仕事の枠を超えて、楽しんでやってくれるので、期待以上の働きをしてくれます。毎回、事が終るたびに、「池田さんが居てくれて助かった」と思ってしまいます。そんなわけで、知らないうちにレギュラーの人になっていました。最初は、サントリーホールで行った私のリサイタルのための司会者として友情出演いただいたのが始まりでした。サントリーホールなら失礼がないと思い、私から拙いお願いレターを書いて送ったのです。すると光栄にもOKを頂き、無事にリサイタルも終了。私としては、それで終わるはずでした。しかしながら、なぜか、今の今まで、池田さんとの交流は続いています。実を言うと、今までに、私とケンカして終ってしまったスタッフは数知れません。そんな中で、池田さんと絶交しないで今を保っていられるのは、どう考えても彼の誠実なコミュニケーション力のお影なのです。彼は一見、人の心を魅了するアーティストのような気質の方ですが、やはり、本当の顔は、人を渡る孤高のジャーナリストなのです。私はジャーナリストとしての池田氏を尊敬することにします。

 そして最後は自分の事を棚に上げたいところですが、こう見えても私は、自分のことばかりにこだわっているわけではないのです。例えば、私が自分に自分で鞭を打って練習しているのは、コンサートで良い自分を見せるためではありません。悪い演奏を見せたら、聴きに来てくださるお客様に申訳ないからです。自分のことは大事ですが、他人の事を大事にすることが私の幸せかもしれません。そのことを肝に命じて、今後ともガンバリたいと思います。







音楽ジャーナリスト・ 池田卓夫 編


桜が咲き始めた 4 月最初の日曜昼下がり。
コンポーザ ー&ピアニストの和田七奈江が主催する
「 麗しきピアノの世界スプリング・コンサート 2012」
という演奏会があった・・・。


written by 音楽ジャーナリスト 池田卓夫(いけだ・たくお)

 主催者である和田七奈江は、折に触れオーディションを開き、彼女と同じようにオリジ ナルの作品、クラシックの名曲を弾く人々を掘り起こし、一緒のステージに上げてきた。今回はゲーム音楽からピアノへと戻った樋口俊明、国立音楽大学ピアノ科の卒業ながら丸 の内でビジネスのキャリアを積み、気軽に楽しめるクラシック音楽の普及を目指す濱崎洋 子の2人が和田と共演した。

 今どきの「草食系男子」といった風貌の樋口のピアノ演奏にはまだまだ、つたないところがあるけれども、優しい性格がそのまま音に乗り、新しい感覚や異国情緒に富んだ作品を奏でる瞬間に独自の個性が光る。初めて取り組んだクラシッ クの作品が、サティの「最後から2番目の思想」という選択はどこから来るのだろう。ぜんぜん上手じゃないのに、自分の音楽として聴かせてしまう。案外したたかなのかもしれない。

 対する濱崎はメンデルスゾーン、ショパン、ドビュッシー、ラヴェルとクラシッ クの名曲を多く弾いた。恐らく、ピアノを学習した幼少時に師事した先生が厳しいだけ厳しい半面、音楽のアイデアには乏しい人だったのだろう。正確に「弾く」ことへの意識に支配され過ぎ、それぞれの楽曲の根底に流れる「うた」のファンタジーの飛翔を抑えてしまうのが残念だ。予定調和の音楽。どこで演奏しても、則を超えることが絶対にないと想 わせる鎧は、もう捨ててもいい年齢だと思う。ただ、この限界は自作になった瞬間に消滅 する。自分の名前の洋子と宇崎竜童のヒット曲を掛け合わせた「浜辺の...」はユーモア、 スピード感ともたっぷりで、彼女だけの世界が説得力をもって繰り広げられる。他者から 余計な「型」を押し付けられる可能性がない分、好きなように弾けるのがプラスに作用し ている。今後は自作を主にした方が、道は開けそうだ。

 樋口、和田の2人に比べれば、さすがにリーダー和田の作品、演奏はプロフェッショナルな水準で一貫している。過去数年、司会者や審査員として彼女のプロジェクトにかかわってきたが、西洋クラシックや日本古 謡、ポップスの名曲など幅広いジャンルへの見識を根底に、自らの感性で組み上げて行く オリジナル曲の数々はもっと、多くの聴衆を獲得してしかるべきものだ。

 残念ながら今回、 3人それぞれの関係者が多くを占めた客席のマナーは今一つで、携帯電話やアラーム音、 演奏途中の入退場など基本のできていない人が目立った。今後の課題はラヴァージョンの プロジェクトが少しずつ人の輪を広げ、より多くの、普通の聴衆を獲得していくことだろう。